イーサネット技術の進化とギガビットイーサネットの仕組み
はじめに
皆さん、こんにちは。
2024年現在、インターネットが一般に普及してからおよそ30年以上が経過しました。30年という期間が長いか短いかはさておき、インターネット普及前には、データのやり取りを行う際、電話回線を使ったパソコン通信や、フロッピーディスク、CD-ROMなどの物理的な媒体を用いてデータを受け渡していました。当時のデータ容量は数百キロバイト程度でした。
また、インターネットが一般に普及し始めた30年前は、データサイズをできるだけ小さくするためにテキスト主体のシンプルなホームページが主流でした。しかし、現在では、高解像度の画像・動画はもちろん、ゲーム・ビジネスアプリケーションのソフトウェア本体やアップデート、ストレージサービスなど大容量のデータのアップロード/ダウンロードが行えるほか、銀行のような秘匿性の高い取引もサイト上で完結できるようになっています。
これが実現できた背景には、暗号技術やデータ圧縮技術といったソフトウェア的な技術の進展もありますが、根本的にはハードウェアレベルでの電気信号の通信速度が高速化したことが大きな要因です。そこで、今回は、現在日本でも主流になりつつあるギガビットイーサネット(Gigabit Ethernet、GbE)について、イーサネット(Ethernet)全般の復習も含めて解説したいと思います。
それではよろしくお願いします。
目次
- 0. はじめに
- 1. インターネットとイーサネット
- 2. イーサネットの発展
- 3. ギガビットイーサネットの通信方式
- 4. ギガビットイーサネットの普及状況
- 5. おわりに
インターネットとイーサネット
「インターネットが速い」とは
インターネットで各サイトにアクセスした際、「遅い・重い」や「速い・軽い」といった感想を持つことがあると思います。これには、同時にアクセスしている人数、サイトの構成、サーバの処理能力など、さまざまな要因が考えられます。仮にこれらの条件がすべて良好だったとしても、あなたのPCとサイトのサーバの間の経路のどこかで通信速度が遅ければどうなるでしょうか?結果として経路全体の速度が低下し、非常に遅く感じ、ストレスを感じることになるでしょう。高性能な車でも、制限速度のある道では速度を出せないのと同じように、物理層(経路上を流れる電気信号レベル)での高速化は不可欠です。
そのため、基地局間の基幹線では光ファイバーを複数本束ね、さらに波長多重技術を用い、数十kmごとに中継機器を配置することで、テラビットクラスの通信が実現されています。また、海外とはこれを海底ケーブルで接続しています。
その先の最寄りの収容局からオフィスや家庭まで繋がる経路も高速化が進み、FTTH(Fiber To The Home)、ケーブルテレビ、DSL(Digital Subscriber Line)といったさまざまな方式が存在します。
LANとイーサネット
よくLANとイーサネットという用語は混同されがちですが、実際にはそれぞれ異なるものを指しています。
LAN(Local Area Network)
LAN(Local Area Network)は、限られたエリア内で構成されたネットワークを指します。通常、その外部からは直接アクセスできません。外部(WAN)との接続にはゲートウェイ機器を設置し、そこを経由します。
たとえ家庭でパソコンが1台しかない場合でも、ホームゲートウェイを通じてインターネットに接続していれば、ホームゲートウェイとパソコンでLANを構成していると言えます。
イーサネット
イーサネットは、LAN(に限らずネットワーク)を構築する手段・通信規格の一つです。IEEE802.3規格では、ケーブルやコネクタなどの物理的な形状や、機器間のデータ通信方式を規定しています。もう少し詳しくいうと、OSI参照モデルの物理層(第1層:電気信号、以下の図で一番下の層)とデータリンク層(第2層:2つの機器間の通信方式、以下の図で下から2番目の層)に関する規定です。
物理層では、ケーブルの種類や信号の電気的な通信方法を定め、データリンク層では、MACアドレスによる通信相手の識別や通信データのフレーム構造を定義しています。そのため、「イーサネット」と聞いたら、原則として「ネットワークの中」の通信方法について話していると理解して問題ありません。とはいえ、現在ではLANはほとんどの場合、イーサネットで構成されているため、両者を同義と捉えても日常的にはほとんど支障はありません。
イーサネット以外のLAN構築規格
イーサネットは、元々米ゼロックス社(Xerox Corporation)のパロアルト研究所で開発がスタートした技術ですが、LANとそれを実現する手段(規格)は別物であり、イーサネット以外でもLANを構成することができます。実際、かつてはIBM社がToken Ring、Apple社がAppleTalkという自社規格を提唱していました。しかし、“技術的に厳密過ぎない”仕様と、ゼロックス社が特許を格安で広く公開したことにより、イーサネット対応機器が広く安価に普及し、最終的にイーサネットが生き残りました。
イーサネットの発展
ベストエフォート型通信
前章でイーサネットは“技術的に厳密過ぎない”と述べましたが、純粋な技術的観点では、ライバル社の規格のほうが洗練されており、高品質な通信が可能だったと言われています。しかし、その「技術的に厳密で高度な規格」を実現するためには、対応機器が高価になってしまいました。
一方、イーサネットは通信の品質自体は“そこそこ”にとどめ、ある程度のエラー発生をあらかじめ想定した上で、エラーが発生した際にはデータを再送信するという仕組みを採用しています。また、通信速度も規格の最大値を目指すが、保証はしないという「ベストエフォート型」のアプローチです。そのため、ベンダーは公開された規格を参照して安価に機器を開発・提供することができ、イーサネット規格はインターネットプロトコルのTCP/IPとも相性が良かったこともあり、標準となりました。
逆に言うと、イーサネットはエラー発生を見越して伝送経路の帯域にある程度余裕があることが望ましく、大容量化するデータをストレスなく通信するためには、回線の高速化が常に求められることになります。
通信速度の変遷
1983年にイーサネットがIEEE 802.3として規格化された当初、その通信速度は10Mbpsでした。この頃は、パソコン自体に通信機能は備わっておらず、拡張スロットなどに通信ボードを追加して装備する必要がありました。また、一般家庭でのネットワーク構築は趣味の領域で、通信手段としては電話回線を使ったパソコン通信が主流でした。
その後、1995年に通信速度を100Mbpsに高速化したファストイーサネット(Fast Ethernet)規格が登場しました。続いて1998年には、1Gbpsのギガビットイーサネット(Gigabit Ethernet、GbE)規格が標準化されました。
さらに、2002年には10GbpsのXAUI(X:10G、AUI:Ethernet Attachment Unit Interface)が登場しています。その後も高速化の規格標準化は続き、2010年には40GbEと100GbEが、2017年には200GbEと400GbEが規格化されています。(ただし、これらはあくまで規格の策定であり、すぐに一般に実用化されたわけではありません)
ケーブルの種類
一般にLANケーブルやイーサネットケーブルと呼ばれるケーブルには、いくつかの種類があります。
ケーブルの被覆を見ると、「CAT5」や「CAT6」といった印字が見られることがあると思います。これはケーブルのカテゴリを示しており、基本的には数字が大きくなるほど高い周波数帯域の信号を流せることを意味します。例えば、10Mbpsの10BASE-T時代には、帯域16MHzのCAT3ケーブルが使用されていました。
ファストイーサネットやギガビットイーサネット(1000BASE-T)では、帯域100MHzのCAT5ケーブルが使用されています。さらに高帯域のCAT6やCAT7といったケーブルも存在します。
ギガビットイーサネットの通信方式
ギガビットイーサネットの種類
1998年に策定された1Gbpsの通信が可能なイーサネットはギガビットイーサネット(GbE)ですが、その使用媒体の種類によっていくつかの規格に分かれます。最も身近で広く普及しているのは、一般的にLANケーブルと呼ばれるCAT5ケーブルを使用する1000BASE-Tです。
【規格表記について】
ギガビットイーサネットの通信方法
ファストイーサネットで最も普及しているのは100BASE-TX、ギガビットイーサネットで最も普及しているのは1000BASE-Tですが、両者はデータレートが10倍異なるにもかかわらず、同じCAT5ケーブルを使用できます。
これはなぜでしょうか?
CAT5ケーブルの性能(特性)が良く、1Gbpsの信号でも難なく対応できるからでしょうか?
答えは半分Yesで半分Noです。ここでは、両者の通信方法を比較してみます。
前提として、CAT5ケーブルはUTP(Unshielded Twisted Pair)と呼ばれる撚り対線ペアを4対収納しており、電気的な最大周波数は100MHzです。
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ファストイーサネット(100BASE-TX)の送信方法
ファストイーサネット(100BASE-TX)ではデータは4ビット単位で処理します。
1)データ符号化(4B/5B)
4ビットデータに4B/5B変換を行い5ビットデータに変換します。
これにより元の4ビットデータに連続した1あるいは0が続いても、変換後の5ビット中では必ずビット反転が含まれることによりエラーを防止します。
2)信号符号化(MLT-3)
4B/5B変換後の5ビットデータにMLT-3という符号化を行います。
MLT-3ではデータ1が来ると0→H→0→L→0→Hと変化していきます。
すると、MLT-3符号化された送信信号の最速変化は送信データ1が続いたときで(実際には5ビット内に必ず0が来ます)、その周波数は送信データレートの1/4となります。
したがって、100Mbpsのデータを送るために必要な帯域は、以下のようになります。
この信号を最終的にケーブルに出力して送信します。
CAT5ケーブルの帯域100MHzのうち占有するのは31.25MHz、さらにファストイーサネット(100BASE-TX)では4対の信号線のうち、1対を送信、1対を受信で使用し、残り2対は未使用ですので、余裕があるといえます。
ギガビットイーサネット(1000BASE-T)の送信
ギガビットイーサネット(1000BASE-T)でもファストイーサネット(100BASE-TX)と同じ方式で送信しようとすると、必要な帯域は以下のようになります。
上記から、CAT5ケーブル帯域の100MHzを超えてしまうことがわかります。
もし未使用の2対を送受信にそれぞれ追加で振り分けるとしても156.25MHzでやはりオーバーです。
このままでは1Gbpsは実現できそうにありません。
そこで、1000BASE-Tでは別の方式を採用しています。
1)4対・双方向・PAM5通信
ギガビットイーサネット(1000BASE-T)ではCAT5ケーブルの持つ4組のペア対をすべて、かつ送受信双方向で使用します。
そのために対応機器側にハイブリッド回路を用意し、送受信信号の分離および送信信号が反射しないように(エコーキャンセル)しています。
さらに、各ペア対を流れる信号は5段階の電圧、つまり5つの値を持ちます。(PAM-5:Pulse Amplitude Modulation、パルス振幅変調)
2)データ符号化(8B/1Q4)
ギガビットイーサネット(1000BASE-T)ではデータは8ビット単位で処理します。
まず、8ビットデータにエラー補正用の1ビットを付加して9ビットデータにします。
この9ビットデータを8B/1Q4(8 Binary to 1 Quinary 4)という符号化処理で5進数(-2、-1、0、+1、+2)4桁にします。(Q…Quinary5個の、5進数の の意味)
この変換の実処理は下位3ビットで8通りの変換表の1つを選択し、その表の中から上位6ビットに対応する5進数を選ぶといったなかなか複雑なものなので詳細は割愛しますが、送るべき9ビットデータについて確認すると以下のとおりになります。
送るべき9ビットデータ | 2 ^ 9 = 512通り |
---|---|
5進数4桁 | 5 ^ 4 = 635通り |
以上から9ビットデータをカバーできることがわかります。
余った分はコントロールコードなどに使用します。
なお5進数を使うのは4進数(以下)では4 ^ 4 = 256通りで足りないですし、5桁(以上)必要な記数法ではケーブルのペア対線が足りません。
つまり9ビットデータを4対のペア対線で送るため5進数4桁という普段あまり馴染みのないものを使うのです。
3)信号符号化(4D-PAM5)
データ符号化された5進数4桁の信号を4D-PAM5※1という符号化で実際の電気信号としてケーブルに出力し送信します。
4次元と聞くと、ものものしい感じがしますが、単に4線の意味です(オーディオ機器でも8つの音声周波数帯で調整可能なイコライザを“8次元イコライザ”と言ったりします)。
つまり、5レベルの信号電圧を4本の信号線で送る、というだけのことです。
5進数(-2、-1、0、+1、+2)をそれぞれ-1.0V、-0.5V、0V、+0.5V、+1.0Vの電圧に割り当て、4桁各桁をケーブルの4各ペア対で送信します。
また、一番速い信号変化は、ペア対上の信号が -1.0V → 1.0V → -1.0V → 1.0V・・・のように変化するときです。
この周波数は、以下のとおりとなります。
実際には2値(H/L)ではなく5値の電圧間の遷移なのでもう少し帯域が必要ですが、それでも80MHz程度になりCAT5ケーブルの帯域100MHzに収まります。
これが同じCAT5ケーブルでファストイーサネットもギガビットイーサネットも通信できる理由です。
規格名 | ファストイーサネット | ギガビットイーサネット |
---|---|---|
規格 | 100BASE-TX | 1000BASE-T |
CAT5ケーブル最大周波数 | 100MHz | |
使用するペア対線 | 2 | 4 |
1ペア対線の通信方向 | 片方向 | 双方向 |
データ符号化 | 4B/5B | 8B/1Q4 |
信号符号化 | MLT-3 | 4D-PAM5 |
占有帯域 | 31.25MHz前後 | 80MHz前後 |
ギガビットイーサネットの普及状況
現在、一般家庭向けの1GbEサービスは、主要回線業者(NTT(Docomo)、au、ソフトバンクなど)とプロバイダ(OCN、So-net、Nifty、J:COM、など)がほぼ全国で対応しています。2.5Gや10GbE(XAUI)のサービスも始まっていますが、サービス提供エリアはまだ主要都市圏およびその近郊にとどまっているようです。
1GbE対応のネットワーク機器(ルーター、ゲートウェイ、スイッチ、PHYなど)もほぼ出揃っている状況です。デスクトップパソコンのマザーボードには、すでに10GbE(XAUI)対応が標準装備されつつあります。
インターネットは社会のインフラと言っても過言ではなく、長期的な視点で見ればギガビットイーサネットも今後高速化する通信速度の過程の一つに過ぎません。そのため、ギガビットイーサネットに特化した専用のアプリケーション製品や市場があるわけではありませんが、現在普及が著しい製品分野としては以下が挙げられます。
オフィスLAN 家庭内LAN |
ネット接続機能を搭載する家電製品が増えています |
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監視カメラ | 高解像度化が急速に進んでいます |
産業用カメラ ファクトリーオートメーション |
マシンビジョンなど「GigE Vision」という標準規格が、アメリカの業界団体「Automated Imaging Association(AIA)」によって規定されています |
TV放送系 | スタジオのIP化が進行中です |
ネット配信系 | ディアサーバー、オンラインゲーム、ストリーミング配信など、大容量データを扱う分野です |
分野によってはファストイーサネット(100Mbps)で十分なケースや、設備上1GbEが導入できない場合(筆者のマンションなど)もまだ多く存在しますが、いずれ1Gbpsは一般化し、さらに2.5Gbpsや10Gbpsイーサネットの普及へと進んでいくでしょう。
おわりに
いかがでしたでしょうか。イーサネットは、インターネットの基盤となる技術として長い歴史を持ち、その進化とともに私たちの生活やビジネスに不可欠なインフラとなっています。特にギガビットイーサネット(GbE)の登場により、私たちは高速かつ安定したネットワーク環境を享受できるようになり、多くの業界でその恩恵を受けています。今後もイーサネットはさらなる高速化や次世代規格への移行が進むことが考えられ、通信技術の発展は、私たちのデジタルライフをより豊かで便利なものにしていくと期待されます。
本記事がイーサネットとその進化について理解を深める一助となれば幸いです。
最後までご覧いただきありがとうございました!